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tamavskyのB面

蚕の夏

今年の夏は蚕を生まれてから死ぬまで飼った。

もともと蚕の飼育に興味があったのだが、ある日偶然Twitterで立川経済新聞(というローカルニュースサイト)の記事を目にした。くにたち農園の会というNPOが「お蚕フレンズプロジェクト」という催しをやっているという。

記事を見てみると、お蚕さまの受け渡しと説明会が行われるのは谷保にある古民家。谷保は自宅からアクセスが良いので、これはいい機会だと思い申し込んだ。

そういえば、かつて八王子は養蚕がとても盛んで「桑都」とも呼ばれるほどだったらしい。現在東京都内で唯一の養蚕農家も八王子にある。国立や日野のあたりも養蚕のための桑畑がたくさんあって、その名残で今もそのへんに生えているらしい。

 

7月2日、いよいよ「掃き立て」(孵化した蚕を掃き集めて、新しい飼育場所に移すこと)。料金を支払うと手渡されたのは、マヨネーズやケチャップなんかを入れるようなプラスチックのカップ。中には糸屑のような1令幼虫と、さらさら鳴る卵の殻、人工飼料の切れ端が入っている。私は10頭(蚕は家畜なので「頭」と数える)を希望したのだが、まだ孵っていない卵も観察用に分けてもらったので、カップの中の蚕は全部で12頭になった。

初日

成長するにつれ、体の色が変わってくる

数日経って、最初の脱皮。

蚕は基本的に一日中、ごはんを食べるかうんちをするかのどちらかなのだが、脱皮する前の丸一日ほどはじっとして動かない。この状態を「眠(みん)」という。

そして脱皮を終えると、またすごい勢いでごはんを食べ始める。

1週間経過。体の前半分が白っぽくなってきた

飼育に虫かごや水槽のような大掛かりなものは必要なく、適当な紙箱でよい。蚕はえさが目の前にあれば逃げることはないので、蓋もしなくてよい。

 

身体が大きくなるにつれフンのサイズも大きくなってくる。フンといっても桑が原料の餌しか食べていないので、嫌なにおいはしない。

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だんだんと体が白っぽく、もちもちとしてくる。毎日本当によく食べる。あまりの食べっぷり、見ていると満足してしまってこちらの食欲が無くなったりもした。


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芋虫たちは脱皮を繰り返してどんどん大きくなり、

 

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これが「眠」

ついに5令幼虫になった。約6〜8cm。
背中に模様がある。模様は品種によって違うらしい。


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これくらい大きくなると指でつまむことも簡単なので、ふれあいを楽しめる。
蚕の皮膚はひんやりと薄く、さらさら、すべすべしている。背中をよく見ると体液の流れのようなものが透けている。これは背脈管といって昆虫にとっての心臓のようなものだ。呼吸は、体の側面の気門からしているらしい。

5令幼虫がとにかくかわいい。もちもちとした体でのそのそ歩き回り、ごはんを食べまくり、うんちをしまくる。たまごっちみたいだ。

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腹脚は吸盤のようで、多少無理な体勢になってもしっかりと私の皮膚をつかむ。

 

5令幼虫は本当によく食べる。なんと、一生の食事の9割の量を5令幼虫のうちに食べるらしい。

それが、突然餌に見向きもしなくなり、上半身をきょろきょろさせ始める。これが上蔟(じょうぞく)、蚕を蔟(まぶし)にあげる合図。

蔟とは蚕が繭を作る専用の場所。マス目のある箱、藁を編んだもの、箒状、などなど色々な形があるらしい。

私はトイレットペーパーの芯を半分に切り、それを両面テープで組み合わせて"お蚕マンション"を作った。

蚕は上へ向かう習性があるので、上の部屋から埋まっていく。タワマンのようだ。

筒から出てうろうろしている子も根気よく小部屋に入れてやると、そのうち作り出す。

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これはあまりにも上から埋まるので、最上階を増築しはじめたところ。
蚕が何頭も上るとそこそこ重みがあるので、乾電池を重しにしていた。

繭を作る頃になると、蚕は柔らかいうんちをするようになり、体が縮んでくる。
縮んだ体を飼育箱から芯の小部屋に誘導するとき、腹脚の最後の一つがなかなか離れなくて、最後の握手をしているみたいで寂しくなった。

 

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細い糸を吐き続けて、ふと気づくと体を支えられるだけの網ができている。そしてたった一晩で繭がほぼ出来上がる。

まだ透けている繭を眺めていると、内側から上手に糸を吐いて壁を作っているのが見える。繭になってからはもう、中のことはわからない。

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ちなみに、病気になってしまい繭を作ることができなかった子もいた。体の一部が黒ずんで、ごはんを食べなくなった。糸を吐いていたので一応小部屋に入れてみたが、繭を作る力は残されていなかった。黒ずみが全身を覆うころには動かなくなった。

 

絹糸を採取するには、ここで繭を茹でるそう。中の蛹はもちろん死んでしまう。
私は愛玩昆虫として羽化させることにしたので、そのまま置いておく。

右が毛羽とりをした繭

繭になってちょうど2週間ほどで、羽化した蚕が出てくる。

出てきていない繭は端っこを少し切り取って開けてみた。

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蛹はこんな感じ。固くて動かないイメージがあるが、実際は少しつつくと「うにょ」と動く。

 

繭になって2週間ほどで羽化する。

ふかふか


オスとメスがいればすぐにカップルが成立する。お腹が大きい方がメスだ。

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交尾をすると自分で離れられないので、人間の手で外してやらないといけない。これを「割愛」というらしい。本当にそう言うらしい。

 

なかなか羽化しない繭が心配になり、一部を切り取って開けてみたらかわいい顔が出てきた。こんにちは。

Hello World

蛹から出たものの繭が固くてなかなか出てこられず、中で転がってしまい、羽が縮れたまま乾いてしまったらしい。
でも蚕は成虫になっても飛べないので問題ない。お腹が大きすぎるから。

茶色いのは蛾尿。羽化したあとや交尾後のメスは水分をぴゅーっと排出する。なぜか赤橙色をしている。

 

 

そもそもうまく蛹になれなかった子もいた。繭を開けると、幼虫と蛹の真ん中のような姿で黒くなって死んでいた。

 

交尾したメスはたくさんの卵を産む。200〜300個と言われているらしいが、数えてはいない。

キッチンペーパーの模様に沿って産み付けていた。この卵はひとまず、冷蔵保存中。

オスはメスのフェロモンに反応して大暴れしてしまうので、飼育箱を分けておく。

成虫はごはんを食べず、排泄もしない。毎日観察はするけれど特にお世話することもないので、一気に手がかからなくなり拍子抜けする。

そして2週間ほど経つとオスが3頭立て続けに動かなくなった。ついにお別れが始まった。今年の夏の様々の場面が走馬灯のように思い出される。

いもむしの頃は「こんなに可愛らしい生き物が死んでしまうのは相当悲しいだろうな」と漠然と思っていたが、繭になれなかった子、繭の中で死んでしまった子などを見てきて、成虫の姿になれただけでも奇跡だし、尊い存在なのだとわかった。いつの間にか、彼らが順番に天に召されていくのはとても自然なことのように感じられた。

 

オスとメスがそれぞれ最後の1頭になった日、家にある造花やドライフラワーに登らせて写真を撮った。蚕は桑しか食べないし、飛ぶことができないので、お花とは縁がない。でも、もふもふ・ふかふかの体は妖精のようでお花によく似合う。まるで遺影みたいだなぁと思った。翌日にはメスがまさに虫の息となっており、撮っておいてよかったと思った。

 

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9月2日、我が家に来てちょうど2ヶ月になる日に、最後のオスが生涯を閉じた。これでこの夏の蚕の飼育は終了した。

 

 

次の夏に蚕を飼ってみたいと思う方へ

・蚕を飼っている間は当たり前だが殺虫剤が使えないので注意。蚊取り線香もNG。小蝿はお酢や醤油に洗剤を溶かしたトラップ、ゴキブリは台所用洗剤をかけて駆除すると良いです。

・蚕が小さいうちは高温の方がよいが、大きくなるとフンが増えるので高温多湿だと病気が発生しやすいとのこと。もし病気のお蚕がいたらすぐ隔離する。

・我が家はウパを飼っており水温が上がらないように常に冷房がついているので、生き物の飼育にはとても都合の良い環境。蚕の飼育は適温が27度程度で、34度を超えると死んでしまう確率が高まるそうなので、節電志向のおうちは注意。

・とてもかわいい。毎日大きくなるので毎日感動がある。ぜひ飼ってみて。