my lips are sealed

長い文章置き場(放置ぎみ)

Moonwalkを見た

Moonwalkを見た。

大学生の頃に元バンドメンバーに教えてもらってめちゃくちゃ聴いていた我が青春のバンド。2002年に解散しており、当然リアルタイムではない。大学2~3年の頃はちょうど自分の音楽の趣味がシューゲイズからエモ寄りに傾いてきていた頃で、こういうやかましサウンドに透明感のある女性ボーカルと美メロが乗っているのにすごくハマったし衝撃だった。(そしてその源流にあるであろうBadge 714も知ることになる)
音楽性としてはパンク、メロコア、という感じだけど、cowpersやthe Sunのメンバーがいたので札幌エモ・ハードコアシーンを掘っている人や、Luminous OrangeやAstrobriteも参加している超名作コンピSeven Wintersに収録されていることからシューゲイズ界隈の人が辿り着くことが多いんじゃないだろうか。なんとも不思議な位置付けのバンドだと思う。

バンドをやっている人は今でこそ女性も多くなったとは思うし、むしろ女性が多数派の界隈もあるのだろうけど(そして男女二元論で話をするつもりもないのだけれど)、私の周りの音が大きめの界隈はどうしても男性が多く、私みたいな声で歌っている人はあんまりいなかった(私は地声が低いので意外に思われるが歌うと音域が高い)ので、バンドウさんには実は勝手にめっちゃエンパワメントされていたしずっと憧れの存在だ。

Moonwalkはとにかくメロディがよいのが好きだ。そういえば大学生の頃、周り誰も知らないのに後輩にお願いしてコピバンやらせてもらったこともあったな。
Incarnation of conceitのイントロのベースは、たまにスタジオやライブリハの音出しで弾いている。気づかれたことはない。

という、かなり思い入れのある大大大好きなバンドが突然23年ぶりに復活して2回限定でライブをするという知らせが舞い込んだ。場所はもちろん札幌だが、一瞬で「行く」と思った。幸運なことに同じタイミングでANAのセールがやっていたのも私の背中を押した。Moonwalkを観られるなら他はなんでもいいので、一番安い飛行機にしたら北海道滞在時間が22時間くらいだった。 

なんでもいいと言いつつスープカレーやホットケーキなど美味しいものを食べながらベッシーホールへ向かう。その週末はピンポイントでぐっと冷え込み、札幌は雪が積もっていた。

ひらがなのもりひこ、最高

向かったのはMica Flakesの企画、Pocket Silver。Pocket Silver CollectionというコンピレーションにもMoonwalkは参加していた。

他のどのバンドでもない、Moonwalkの3人が! Moonwalkのバンドウさん、イサイさん、コモリさんが、ステージに現れた時点で私は感極まっていた。視界が滲む。本当に現実なのか……? まぼろし……?

大学生の頃狂ったように聴いた曲が本人の手で演奏された。バンドウさんもイサイさんも全然変わらない声。とても楽しそうに演奏していて眩しかった。
こんな日が来るなんて思っていなかったし、もはや夢見てすらもいなかった。
夢を見なくても叶うことってあるんだなと思った。生きてさえいればよいのだ。

ちなみにMoonwalkを私に布教してくれた元バンドメンバーことイッチーも当然来ていた。普通に6年ぶり?くらいの再会だったので他の元バンドメンバーの近況を聞いて新鮮に驚くなどした。

今回の再集結はバンドウさんが音楽活動をやめるタイミングでコモリさんが声をかけ…という経緯だったそうで、本当に全てのタイミングが合致したみたいだ。打ち上げでイサイさんは「再結成ってダサいじゃん」と言っていたし、一バンドマンとしてその気持ちや意地もかなり理解できるつもりだ。しかし一ファンとしてはただただ嬉しくて、夢のようで、感謝しかなかった。
それから、バンドマンとして、やっぱり一生バンドをやろう!と思った。大学のサークルで出会った3人がそれぞれに活動を続けてきたことだけでも本当にすごいことだと感じるし、今こうして再び集まれるような関係性であったこともまた奇跡だと思う。

バンドウさん「小学生の頃に考えたサイン」

12/12のbufferinsやMY CHORDもいたライブは仕事でどうしても行けず、Moonwalkのライブを観るのは一度きりの体験となった。

一緒に写真を撮っていただいたりサインをいただいたり、パスまでいただいてしまい(オタクムーブすぎる)本当に何かが成仏したような。一生の思い出になりました。ありがとうございました。

My Superstar

 

最後に……本当に本当に曲がいいのでみんなMoonwalk聴いてください。ここでダウンロード購入できるよ。

【DLのみ】MOONWALK(コンプリート盤) | KLUB COUNTER ACTION WEB SHOP

8/19メモ

暑すぎて山歩きはおろか散歩もサボっていたら如実に太ってきた。腰も良くなってきたので筋トレもサボっていた。あとアイスを食べすぎかもしれない。

 

週末実家に帰ったらサイズがあわなかったというベルトつきのデニムパンツをもらった。自宅に帰って、この太さのベルト持ってなかったしラッキーと思いながらベルトを眺めていたら首を吊るイメージで頭がいっぱいになった。ここ数年の鬱のときはいつもこうなるから慣れた。こういうときに飛び降りを想像する人で本当に飛び降りちゃった人を2人知っている。1人は死んで1人は助かったけど今はどうしているかわからない。だから私も本当にやるなら首吊りがいいんだろうと思う。躁鬱の薬は今もうほぼ飲んでいないくらいに減らしている。副作用に悩まされず日常生活を送りやすくなった。でもやはり唐突に脳のコントロールが不可能になる。

 

これから9月上旬までの忙しさの果てしないことがいよいよ目の前に立ちはだかりはじめ、さらに追い討ちをかけるように旅行の誘いが来てかなり参っている。「頼むから私をほっといてくれ」モードに突入。

とにかくこういうくさくさした気分のときは山とかに行ってバカみたいに歩くのがいい、でもずっと天気が悪いみたいだ。気が狂いそう。

『悪は存在しない』 を観た

公開からしばらく経ってしまったがようやく観た。勝手にまた2時間半くらいの大作だろう…と思っていて、腰痛の懸念もあり躊躇っていたが、実際は2時間ないくらいだったので挑戦。帰りの電車で結局痛みが出てきてしまったがなんとか集中して観られた。

パンフレットを読んで、これは元々石橋英子さんが企画し、演奏と組み合わせるために制作された映像作品が元になっていることを知った。そちらも、今後ももし機会があればぜひ観てみたい。

 

(以下、結末に関する記述を含むのでまだ観ていない方はご注意ください)

 

 

悪は存在しない、というタイトル、わかりやすく悪者のような高橋や黛がだんだんと地元民に歩み寄る姿勢を見せていくので、絶対的な悪人はいない、ということなのか?と思っていたら主人公が最後に突然殺人を犯すので呆気に取られ、どういうこと?と思いながら映画館を出た。

半矢の鹿、またはその親鹿は人を襲うこともあるという情報が強調されるので、巧と花は鹿なのでは?というのは容易に想像できるのだが、もしかするとあの親子だけでなく、住民たちも鹿なのではないかと思った。山のことをよく知る老いた鹿や、人間に対して好戦的な態度をとる若い鹿がいる。 群れの子どもがはぐれたら捜索に協力する。

区長は捜索に参加せず、植物に囲まれてじっと外を伺っていた。彼も森の生き物だとすれば、鹿ではなく鳥なのではないか。羽をもらって喜ぶ場面や自然の摂理を俯瞰するかのような言葉、親族が音楽に関わっているらしいことも鳥を想起させる。

そして言わずもがな高橋と黛は人間。人間社会には芸能があり、福祉が整備されている(黛の前職や給付金)。IT技術があるから離れた場所の人間と会議ができるしアプリで人と出会う。

越境する者(移住を考えはじめて鹿に加わろうとする高橋と、羽を探してて鳥を追う花)は死んでしまうが、これは自然の摂理を超えてバランスを危うくするものへの天罰、罪の烙印ということなのではないか。

黛は捜索に参加せず巧の家にいて、日没とともに家の中に戻っていく。鹿に関心を持ち、歩み寄ろうとはしつつ、水の重さや木のトゲで怪我をした痛みから、自分はこうは生きていけないと悟って深入りは避ける。

ただしこの読みをすると、人間から鹿になったうどん屋の夫婦はどうなんだという疑問は残る。三人が店に来たとき、境界を脅かす高橋にだけ攻撃的な態度をとり、花の捜索にも参加するので、鹿と共生する別の生き物なのか、あるいは最初から鹿だったから人間の世界からこちらに移り住んだのか?

また、鹿猟が行われているということは、鹿と人の衝突が別の場所でも起きていることも意味しているだろう。実際、水挽町はよそ者によって栄えてきたというような話もしており、言ってみれば鹿たちも"先住民"ではない。写真でしか登場しない花の母=巧の妻は、うっかり人間の領域に足を踏み入れて殺された鹿なのではないかと思った。グランピング場ができたら鹿はどこに行くんですか、という車内の会話で巧の顔が真っ暗に映し出されるのは、住む場所を追われる鹿の悲しみにも、家族を殺された怒りにも見える。

越境する者、という点では巧も当初から危うい立ち位置にいる。ほかの種族である(と読める)区長やうどん屋とも盛んに交流し、人間の話を聞いてみようとする。そして最後には人間を殺してしまう。

ラストシーン、夜の森を見上げながら移動する映像とともに巧が息を切らして走る音がする。前の場面からは花を抱きかかえて車へ急ぐ姿を想像できるが、あれは一線を超えてしまった恐怖から夜道を駆ける鹿なのかもしれない。

人生どうでも?

それなりに楽しみもありながら暮らしているけれど、もうあまり人間を信じたくないし、深入りしたくない気持ちが強い。もう自分を含め誰の人生も気にする必要がなくなったので、副作用に苦しんでまで治さなくていいかと思って、双極性障害の薬を減らすことにした。何かの間違いで悪化して人生が終わればいいのになあという気持ちもないではない。薬を減らしたところ、ご飯が食べられなくなった。双極性障害の薬は、副作用でものすごくお腹が減る。今は一番薬の量が多かった時に比べると1/4ほどになっていて、朝起きて空腹に任せてコンビニでわけのわからない買い物をして駅のホームで通勤電車を待ちながら貪ることがなくなった。

気分の浮き沈み(というか主に沈みのほう)はカウンセリングに行くことでコントロールしようとしている。以前お世話になっていた病院のカウンセラーさんほどではないが話しやすい人にあたってよかった。当たり前のように保険は効かないのでお金はかかる。

腰痛が悪化して1ヶ月以上経つが、まだ長いこと立ちっぱなし・座りっぱなしでいることができなくて、2時間以上の映画は避けているし、アコースティック編成のライブでも立って演奏している。カイロプラクティックに通い始めてからは結構効果があったようで、腰の痛みで眠れない問題は解決しつつある。しかしこれも保険が効かないので毎回かなりお金がかかる。あとは施術後いつも猛烈にだるく眠くなり、体がほてる。

とにかく心身を健全な状態に導こうとするとバカみたいに金がかかり、それが新たなストレスを産んでいる。 車みたいだ。公共交通機関みたいに、公共の肉体があればいいのにとか思う。

来月に予定されていた家族旅行をキャンセルした。家族がどれくらい楽しみにしていたかはわから申し訳なかった。でも連絡を入れたらすごく心が軽くなって、思い切ってよかったと思った。

先日大人数で旅行に行ったときに思った、誰かと旅行に行くのが正直だんだん苦痛になってきている。体験としては楽しかった記憶も色々あるのだが、一人の時間がないと耐えられない。二日目に胃痛と生理痛でみんなと同じ時間に食事をとれなくなり、その間ひとりで公園を散歩したのが一番気持ちよかった。

 

NewJeansのファンミーティングに行った。10代の女の子が何万人の人間に囲まれて応援されながら踊っているのはなんだかシュールだった。ステージや衣装がとても凝っていた。私はこういうアイドル、というかダンスボーカルグループのイベントに自分の意思で行ったことが多分人生で2回目、単独のイベントは初めてだったのだが、楽曲とMVとメンバーが好きならふつうに楽しむことができた。東京ドームは人が多すぎて、二度と行きたくないと思った。ドームシティホール(去年Pavementを観た)でも疲れたのに。忘れた頃にまたチケットを買うのだろう。愚かだから。水道橋駅は混みそうだったので、飯田橋まで歩いて帰った。(タイトル回収)

 

思いつきでピンク色のベリーショートにしたら世界のどこにいても異星人のようで気分がいい。人間に擬態するのはもうやめる。

火を守ること

コニー・コンヴァース、カレン・ダルトンジュディ・シル、素晴らしい歌を残してどこかに消えていく人になれたらよかった。

 

色々な人や景色や季節が私の身体を通り過ぎていくような感覚だ。過ぎ去っていったものは輝かしいのにもう私には引き止める力がないし、これから起こることすべてにすでに倦んでいる。だって、受け入れなければならないことが多すぎる。変化に抗うよりも受け入れることが楽だと思っていたが、受け入れるということは変化することなので、結局コストはかかるのだとわかった。忌まわしきこの脳と付き合う方針がようやく固まってきたと思ったら内臓や骨の調子も悪くなって、内臓や骨と向き合う方針を固める日々。

 

仕事とバンド活動だけが自分の恒常性を維持しているような生活、とはいえフルメンバーでのバンド活動はあまりできていない。色々な生活の変化に揉まれて今まで通り活動できない他のメンバーが、戻ってみたいと思うときに戻れるように私がここを守るんだ、という気持ちがちょっとある。別に守ってくれと頼まれたわけではないから恩着せがましいかもしれない。でも最近は疲弊することも多くなってきた。そんな中、今休んでいるメンバーから、みんなに会いたいよ〜というメッセージがきたときは嬉しかった。というか、そのメンバーだって私がいる場所を私が入る前からずっと育ててきた人なので、持ち回りで守っていけたらいいよね、と思う。

 

 グスタフ・マーラーは「伝統とは火を守ることであり、 灰を崇拝することではない」と語ったらしい。私はいつも何かが燃えているようにしか生きられず、燃え尽きてしまったらどなたかその灰から埋火を掘り出して、守ってください。

12/16

春のような夏のような、暖かく快適な風だった。12月の半ばにまさかこんな風に当たるとは。29歳になったから30回目の冬だけど、こんなに暖かいのは生まれて初めてかもしれない。


f:id:ddtmk:20231216224759j:image

f:id:ddtmk:20231216224804j:image

29歳になるのでがっつり肉が食べたいとパートナーにリクエストしていたら、ホテルニューオータニのステーキハウス RIB ROOMに連れて行ってくれた。コースランチだけどサラダはビュッフェで、アボカドやらくるみやら自分の好物をもりもりにできた。

f:id:ddtmk:20231216225042j:image

ステーキは文句なしに柔らかくて美味しい。ミディアムレアくらいまでは火が通っているのにナイフの刃がスッと入ったらほろほろと切れていく。ソースも野菜の旨みを感じて美味しかった。お肉が来るまではパンにバターをたっぷり塗って食べていたので、付け合わせのジャガイモはサワークリームでちょうどよかった。

帰りにSATSUKIでパンを買った。明日の朝に食べる用のパンを買うのは、明日の朝をよくするという「前向き」の具現化みたいで、かっこいいなと思う。まるで出来る人みたいだ。ちなみに私は今朝もまったく起きられず、レストランの予約の時間をずらしてもらい、財布を家に忘れていた。

 

ニューオータニの庭園も散歩したけれど、ウェディングフォトの撮影や今日が卒業式か何かだったのか振袖や袴の美容学生たちでいっぱいで、どこにいても彼ら彼女らの邪魔になるようだったので、早々に退散して神宮外苑銀杏並木を見たら先週と比べるとすっかり葉が落ちてしまっていた。奥ではクリスマスマーケットがやっているようで、それでまだ賑わいがあったようだ。

 

渋谷へ出て、母と妹へのクリスマスプレゼントと、妹へのクリスマスプレゼントを買う。Suicaが使える店があって助かった。明日夕方に実家に帰る予定だけど、体調が不安になってきた……。

買い物もなんでも一日振り回したような罪悪感があって、多分じぶんが鬱なだけだろと思い込むことにしている。

そういえば一昨日、やっと主治医の診察を受けられた。やっぱり冬季鬱の傾向あるから光浴びなさい、光療法目覚ましみたいなの売ってるからと言われたので買おうと思う。あと、主治医が別の病院に移るから次から他の先生で予約してと言われる。今私が通っているのが分院なので本院(家から近い)のほうに戻ることにした。さらば、木曜午前の○○寺……あと主治医、この2年間くらいでけっこう痩せたな……と思いながらお世話になりました〜といって診察室を出た。

次に予約をとった先生が嫌な感じだったら最悪だな〜。以前代理で診察受けた医師のデスクに百田尚樹の本が置いてあって心理的距離が5万光年状態で会話スタートしたことがあった。せめて倫理観の合う人がいい。

やっぱり胸元の嫌な感じがふとしたときに襲ってきてうまく生活が進まない。つらいな。